= 第1話から第4話までの担当クルー紹介 =



今回記念すべき当コーナーで第一回目のエッセイを担当させて
頂く事になりました、クルーネット・ペンネーム「現役外資系FA」です。

クルーネットを以前からご利用の方は私がスチュワード情報掲示板や
外資系情報掲示板に書込みをした内容を何度か読まれた方もおられる
かと思いますが簡単に自己紹介をさせて頂きます。
私は現在29歳になる外地ベースの外資系スチュワードです。
乗務歴は未だ一年数ヶ月とそれ程長くはありませんが、
その分FA志願者に近い気持ちから色々と書かせて頂きたいと思います。
どうぞ皆様よろしくお願いします。




第1話 「私が初めてFAに成ったのだと意識した瞬間」 - 5.Jan.2001-

私は某エアラインの最終面接に合格し、その後行われた身体検査も無事にパス。
それから直ぐに入社が決まり、5週間のトレーニングが始まりました。

どこの航空会社におかれましてもトレーニングというのは非常に大変なのでしょうが、
私の場合も毎日が真剣勝負そのものでした。
私の場合、11名の同期がおりましたが、私以外の全ては英語を母国語とする現地人でしたので、
英語がノン・ネイティブの私にとっては授業について行くのだけでも相当苦労しました。
とにかく毎日出される宿題や頻繁に行われたテストを必死の思いでクリアして行き
無事にトレーニングを卒業した時の嬉しさは今でも鮮明に覚えています。

卒業式を終えた夜、私達同期12名はお世話になったインストラクターやそれぞれの
パートナーも同伴して盛大なディナー・パーティーを開きました。
そして、その2日後からはいよいよ乗務がスタートしました。
私は同じクラスで笑顔が素敵なビビアンと同じ乗務にアサインされ彼女と共に
ど新人クルーとして記念すべき第一回目のフライトへと飛び立ちました。
私達を乗せたB747−400の機体はおよそ80%程のお客様がご利用されていましたが、
私は緊張した表情でお客様に対応していました。
全てのお客様が搭乗された後、離陸前に行うセーフティー・デモンストレーションも無事に終了しました。
私はクルー用のシート、通称ジャンプシートに座りシートベルトを締めた瞬間、
初めて自分が一人のプロの乗務員なのだと意識をしました。

もちろん、乗務員席につく前までしっかりと制服に身を包みFAとして仕事もこなしていましたが、
この席についた瞬間「自分だけがお客様とは正反対の進行方向の逆を向いているんだな。」
「今まで何十回と航空機を利用してきたけど、進行方向と逆を向いて離陸したことは無かったし、
お客様の目が私に向かっているのも私がフライト・アテンダントだからなんだ。」
私は心の中でそう感じ自分の担当する非常口(ドア)付近のお客様の表情を伺っている時、
飛行機は大きなエンジン音をなびかせ大空へと離陸しました。




次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)

 



第2話 「プロの厳しさ」 - 12.Jan.2001-


今、フライト・アテンダントの仕事はその大半が乗客であるお客様に対して
お飲み物やお食事のサービス等を行う事であるのは皆さん良くご存知の事と思います。
もちろん、これ以外にもやらなくてはならない仕事はたくさんあります。
なぜ、私達FAが乗務しているのかを考えれば私達の仕事の意味が良く分かると思いますが、
クルーの仕事を一言で表せば「お客様に安全で快適なフライトを提供する事」ということに
なるのではないでしょうか?

この安全で快適なフライトを提供するためには、先ず第一に航空会社が最も重視して
いる安全面でのサービスに関して、法律や航空局の規定で決まっている
機材ごとの所定の緊急脱出訓練を受け乗務資格テストに合格しなくてはなりません。
私達クルーは常にお客様の命を預かっているのだという自覚があり、
そしてどんな状態に陥っても全員無事に脱出出来るように行動出来なければならないのです。
ですから、この使用機材毎の乗務資格テストに不合格になったクルーは
原則としてたとえ前日まで乗務していたとしても乗務することは出来ません。
又、とても厳しい私の会社のようなところではその時点で解雇もじさないのです。

この非常にハードルの高い安全面のサービス従事者としての資格には
各航空会社ごとの使用機材によってクルー自身の身体に関する規定もある
ことはご存知かと思います。たとえば、FAの募集があると身長規定があるのは
緊急脱出の際にクルーが持ち出さなければ行けないエマージェンシー・イクイプメント
(緊急脱出時の必要用具)が収められている頭上の棚に手が届くかどうかの判断するためのものです。
又、最終面接が終わった後に通常エアラインでは身体検査をしています。
残念ながら最終面接までパスをしていても、この検査で乗務に支障があると
判断されたFA志願者の方は容赦なく不合格になります。

FA志願者の方にとっては少々厳しい内容のエッセイになってしまいましたが、
航空会社にとって安全面に関しては絶対に妥協出来ない最重要事項なので、
そう言うものなんだと覚悟して受験に望んで下さいね。

尚、乗務員の仕事は普通の仕事よりお休みが多いのは私達乗務員にとって
体の健康管理も仕事の一つなので、お休みもその一部だと考えています。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)
 




第3話 「愉快な仲間達」 - 18.Jan.2001-


フライト・アテンダントの仕事で最も大事な要素と聞かれたら
皆さんは何と答えるでしょう?

これは人それぞれ答えが違っても不思議ではありませんが、
私はやはりチームワークだと思っています。
FAの仕事は毎回一緒にフライトする他のクルー達と一つのチームとなって乗務します。
このチームメイトとの相性が私達クルーにとって非常に働きやすかったり、
逆に気まずい雰囲気になったりと乗務の際のキーポイントとなります。

以前、日本国内の航空会社でスチュワーデスをやっていた人のお話では、
なんとこの会社ではフライトに関してグループ(班)というのがあり、
この一つのグループで半年程一緒の乗務が続くと聞いた時は
正直驚いたのと、何となく仕事場が新鮮味にかけてマンネリ化してしまいそうな
感じを受けましたが、私の所属する会社では毎フライトごとに一緒に乗務する
クルーが異なります。又、私は本国ベースで日本路線以外の全路線に乗務して
るクルーなので毎回年齢、国籍、性別、宗教その他が全く異なる様々な
クルー同士と乗務をする事になります。

そんなわけで、毎回どんなクルーと一緒に乗務出来るのかは
とても楽しみであり、又、時には不安でもあります。
ですが、その殆どが素敵な仲間達に巡りあえているので本当に楽しいです。
今回はとてもユニークな私の仲間を数人紹介します。

先ずはじめは「クリスマスの時、機体が着陸しターミナルに向かっている最中に
クリスマス・ソングをアカペラ歌って機内放送してくれたお茶目なキャプテン。」
彼が歌い終わるとお客様から拍手が舞い起こりました。

続いて、「大晦日から元旦にかけてのフライトで日にちが変わる瞬間、
機内放送でカウント・ダウン、新年になった瞬間シャンパンを開けて
お祝いしてくれたチーフ・クルー」  お客様も機内放送に合わせて
カウント・ダウンしてました。

関西便フライトの際に買ってきた「お好み焼きやたこ焼きを
機内のオーブンで温めてみんなに配ってくれる外人クルー」
「パチンコ大好き外人クルー」「ステイ先のフィジーでわずか数時間の間に
ビールを11本も飲んだ強者クルー、私も9本飲みましたけど。」

・・・とにかく色々なクルーが私と一緒に働いてくれています。
そういう私もナイトフライトで暇な時間に外人クルーにあやとりを教えてあげ
て一緒に楽しんだりしています。

さてさて、これから先、どんな愉快な仲間達と一緒にフライト出来るかな?
と、毎日楽しみにしています。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)

 



第4話 「気さくで優しい仲間達」 - 26.Jan.2001-


先日乗務した名古屋線のフライトは私にとって忘れなれない
フライトとなりました。その理由は今回私が乗務したフライトで
一人の女性FAが最後のフライトを迎える事になったからです。
乗務歴が10年ほどになる彼女は既にお腹の中に彼女にとって
二人目の赤ちゃんを身ごもっており、
このフライトを最後に子育てに専念すると決めていました。

私達、他のクルーは彼女のラスト・フライトをお祝いする為に一人数百円
ずつお金を出し合いプレゼントとカードを買い、それぞれ一言ずつ寄せ書
きを行い彼女のフライトが終わった後に渡すことにしました。
一方、彼女の方は私達の様子には全く気づく事無く一つ一つのサービースに
様々な感情を込めて乗務に励んでいました。
私達のフライトは無難に終了し、全てのお客様が機内から降りられた時、
チーフから機内アナウンスで機体後方に位置するギャレーに
全員集まるように指示されました。(もちろん、彼女以外のクルーは何が
始まるのかは想像がついていましたが。)

私達はそこで、彼女のためにシャンパンをグラスに注ぎ、彼女が今まで
会社の為、お客様の為、そして彼女自身の為に頑張ってきたことに心からの
尊敬とねぎらいの気持ちを込めて乾杯をしました。
みんなから祝福を受け、プレゼントとカード受け取った彼女の笑顔は
言葉では表せない素敵な表情だった事は皆さんのご想像のとおりです。
私達は機内清掃が始まる中しばらくそこでくつろぎ、語り合い、
最後に記念写真を数枚撮ってから機内を後にしました。

私は今回一緒に乗務したクルー達の優しさ、友情の深さにとてもとても
感動しました。又、きっと辞めてゆく彼女自身も素晴らしいFAだったから
こそ、皆が一丸となってこんな素敵なお祝いが出来たのだと感じました。
何時か私がクルーを辞める時、彼女に祝福したように私も祝福して頂ける
ような素晴らしいクルーになりたいです。

さて、あっと言う間に私の担当も4回目を迎えましたが、
次回からこのコーナーを担当する予定だったクルーの方が
定期訓練期間で忙しいため,来週もう一回私が担当させて頂くことになりました。
そう言う訳で,次号で最終回となりますので,どうぞよろしく!


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)

 



第5話 「 最近の機内で思ったこと」  - 2.Feb.2001-


最近私が機内で働いていて感じた事でとても残念な事を書かせて頂きます。
その残念な事とは最近日本人で若い年代のお客様程お食事が終わった
後に返却されるトレイの状態が大変乱れている点です。
今まで私の同僚の外国人クルー達は口をそろえて
「日本人のトレイはいつもきれいでとても助かっている」と言っていましたが、
それは西洋人のお客様と比較して日本人はマナーが良いと受け取ら
れており私はとても嬉しく思っています。

しかし、残念ながら現在の若い世代の方々のトレイは年輩の
お客様の物と比べてみるとはっきりとその違いが見えてきます。
そういう私自身も現在29歳なのでまだまだ若い世代に所属するのでしょうが、
物が豊かな時代に育った世代に共通する点は、「何でもお金を払えば済む」
と言うような傲慢な態度では無いでしょうか?
確かにお客様は航空会社に運賃を支払い、ある目的地まで移動する
際に様々なサービスを受ける権利があります。
ですから、お金を払っているのだから好きな事をするのは
当然と思われるのも無理はありません。

ですが、先ず第一に他人にもっと感謝をする気持ちを持つ必要があると
私は考えます。現在クルーを目指し頑張っている志願者の方には特に
理解して頂きたいのですが、普段から他人に対する気配り、
相手の痛みやつらさが分かる人間でなければ本当に良い
サービスを提供出来るクルーにはなれません。
私は最近、若いお客様に対して最低限次の3つの言葉を
嫌みなく使えるようにと機内で伝えています。

国内外資問わずクルーの仕事はとてもインターナショナルな環境です。
ですので次の3つの言葉は常日頃から使えるようにして下さい。

Thank you(ありがとう)
Excuse me(すみません)
Please(お願いします)

これらの3つのマジックワードがあれば、どんなサービスを
受ける際でもサービスをする側は快く対応してくれるはずです。
相手に対する感謝の気持ちが加わればきっと皆さんが
機内でお食事をされた際、クルーの方に渡すトレイの整理整頓が
自然と出来るはずなので、皆さんが手始めに
他のお客様のお手本となって下さいネ。


「あとがき」


今回クルーネットの新コーナーでエッセイを
書かせて頂き大変光栄に思っています。
最後まで私のつたないエッセイをお読み頂いた皆様、
本当にありがとうございました。
今後、私以外のクルーの方のエッセイがお楽しみ頂けると思いますが、
またチャンスがあれば私も皆様にお楽しみ頂けるような
新作エッセイを掲載させて頂きますのでどうぞお楽しみに。
尚、もしよろしければ私のエッセイをお読みになった感想を
下記のメールアドレスまでお送り下さい。


masumasuo@hotmail.com






 



AIRBUS
( Photo by (c)Tomoyuki.U )
 







= 第6話から第9話までの担当クルー紹介 =


はじめまして。無事、定期訓練から帰ってきました、あやめちゃんです。
外資系FAさんに引き継いで第6回目から、エッセイを担当させていただきます。

ただいま花の独身32歳。外地ベースで外資系フライトアテンダントをしてます。
約3年前、背が低い、歳いってる、頭悪いと、大3重苦を背負い合格し、今日に至ってます。
でも、顔は松嶋菜々子に負けませんよ。(自称)

女子大生の人気がスチュワーデスから、女子アナに移ってしまった今、
FA志願の皆さんには、やっぱ、フライトアテンダントだね。これしかない!
と思ってえるような、エッセイを書きたいなと思ってます。
よろしくお願いします。
 



第6話
「一期一会」 - 7.Feb.2001-


これは、某国内系航空会社がよく唱えてる言葉です。

その言葉は、まさに、フライトアテンダントの為にあるような言葉だと思います。
この話は、私のフライトじゃなかったのですが、私の先輩がデットヘッドをしていた
フライトで、最近、本当に起こった話です。

その飛行機は大阪発、北アメリカのある大都市への約10時間のダイレクトフライトでした。 
出発して約1時間、食事のサービスが始まり、1クルーがお食事を差し上げようと、
眠っている50歳前半の女性を起こそうとしました。

なんど、揺らしても、揺らしても、起きないそうです。
そのうちに彼女はバタンとシートから転げ落ちそうになりました。 
彼女は心臓発作で、亡くなっていたのです。 
そのとき機内に、医者も看護婦もなく、千歳空港に緊急着陸しようとしましたが、
彼女の脈はなく、彼女の身内がいる大阪に引き返しました。

あとで、その女性についての話を聞くと、彼女の娘さんが留学先で
重い病気になり、娘さんに会いにいこうと、必死に、一人ぼっちで、
馴れない飛行機にのりこみ、海外へ旅立ったのでした。

その話を聞いて私は、泣きました。 
私も10数年前、高校生のときに留学先で病院に運ばれ、
英語も分からない、海外旅行初めての両親が尋ねてきてくれたのです。
私の両親は幸い無事に私の元に着きましたが・・

どんなお客さんでも、1人1人に、ドラマがあります。

忙しいときに、2,3度同じ事を繰り返し、ゆっくり言わないと分かってくれない老夫婦。 
態度が横柄な男性。 言うこと聞いてくれないおばさん。
乗務すると分かりますが、機内にはいろんな人がいます。

でもその老夫婦は、一生懸命に年金をためて、
この飛行機にのってくれたのかもしれないし、
言うことを聞いてくれないおばさんも、
病気で、これが最後の旅行になるかもしれない。

そう考えたら、どんなに忙しくても、笑顔をたやさず、
できるだけ、そのお客様1人1人にとって、
一番いいサービスを差し上げたいと思います。

心が引き締まる思いの悲しい事件でした。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)


 



第7話 「JALフェチ」 - 15.Feb.2001-


前の話は少しシリアスになってしまったので、
今度はくだけたのでいきます。

あやめちゃんは、自他共に認める、JALフェチです。 
うちの会社も最高だが。JALも最高!

日本に帰国するときも、本当はJALに乗りたいくらいなの。
でも、当然自社便のが、すごく、安くかえれるの。
貧乏なあたし。 悲しいわ。

鶴のマークのJALのジャンボが、うちの国の某空港にあらわれると、
おおお!がんばれJAL! がんばれ日本!って叫びたくなるし、
飛行中、うちのエアバス340ちゃんがちんたら、ちんたら飛んでる横を、
JALのジャンボ様が、グオーって追い越していくと
行け行けJAL! GoGo JAL! って心の中で叫んでます。

私は成田にフライトするのが楽しみ。
JALのスッチーちゃんたちがくると、うんうん、今日もJALはきれいだな。
よしよし、あなたのそのショートヘア素敵だわ。
私にも似合うかもとか、チェックをいれてます。
JALの皆さん、ごめんね、変なやつで。
だってー、うちの航空会社のおばちゃんたちとあまりにも違うんだもん。

でもね、最近JALであれ?と思う人を数人目撃。 
99%は素敵な人たちです。
でも、えええええええ!!!!!?これで、JAL?と思う人もいた。
髪の毛ぼさぼさ。スカートも糸がでてた。私は、みたぞ!

私だけじゃなく、日本の大部分の皆さんは、あの鶴のマークの飛行機から、
紺の制服をピリッと着た、松嶋菜々子やら、木村佳乃やら、水野真紀みたいな
人が降りてくるに違いないと思ってるはずだ!!!!
特にフライトアテンダントになりたい人なんかも、そう思ってるよ。
違ってたらごめんなさい。

JALの皆さん、お願いね。ずっとずっと、きれいなままでいてね。  
JALファンの外資系クルーより。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)
 




///// /// ちょっとブレイク・・T//////// - 22.Feb.2001-


皆さん、こんにちは。

今回はあやめちゃんが多忙な為、臨時で私こと、
現役外資系FAが変わりにエッセイを書かせて頂きます。
あやめちゃんのエッセイを心より楽しみにしている皆さん、安心してください。
来週末にはきっと彼女の第3作目のエッセイがお楽しみ
戴ける見込みなのでそれまで首を長くしてお持ち下さい。

実は、私とあやめちゃんはクルーネットを経由して出会いました。
そのきっかけとなったのは、昨年夏頃スチュワードの掲示板に
私が投稿した内容に彼女の方からメールが届いたことでした。
お互い性別こそ違いますが、年齢も近く、同じ外資系の会社で
本国ベースのクルーという共通点が多く存在するので
メールの交換をしていても話題が尽きませんでしたね。
メールを交換してみて私が思ったことは、お互い考え方や価値観が近い
という事でチャンスがあれば実際会ってみたいと思うようになりました。

そして、そのチャンスが私が日本へ里帰りしていた昨年8月に訪れ、
彼女の成田便乗務の際に千葉にて第一回カリスマFAミーティングを開催しました。
(私達は勝手に自分達の事をカリスマFAと呼んでいます。
最近巷で人気のカリスマ美容師やカリスマ店員さんのように
注目されたい(?)のかも知れませんね。)
どういうわけか、その日私達はなぜか飲みに飲みまくり、午後4時頃から
浦安、幕張、千葉とはしごし、最後は稲毛海岸でスパークリングワインを2本開け、
花火をしながら朝の5時までオールナイト飲みました。

それにしても、恐るべしあやめ嬢、朝5時まで飲んだその日の夜のフライトで
しっかり10時間以上のナイトフライト乗務をこなして北米の某大都市へ帰って行きました。...
あれから、ちょうど半年が過ぎましたが私達二人はとても仲良しなので
時々メールでくだらない事を言い合っています。
多分、そのうち第2回カリスマFAミーテイングが恐らく成田か千葉当たりで開催されると思います。
もし、お近くにお住まいの方で大酒のみの日本人スチュワーデスとスチュワードの姿を
見かけたらきっとそれは、私とあやめちゃんかも知れませんので声をかけて下さいネ。

ちなみに、私がカリスマFA"0"号で、あやめちゃんがカリスマFA"1"号ですが、
私達の仲間としてカリスマFA2号、3号に成りたい人は大歓迎なので連絡下さい。
但し、大酒飲みな方に限ります。(嘘です。)

余談になりますが、クルー志願者の皆さん。お酒が飲めなくてもクルーに成れますの
でご安心下さい。でも、他のクルーと仲良くなる(特に外国人クルーと)にはお酒が
飲めた方が得な点も多いです。それは何故かといいますと、ステイ先等で皆で一緒に
お食事したり飲んだりする時お酒が飲めた方が話題に困らなかったりするからです。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)
 


 

///// /// ちょっとブレイク・・U//////// - 2.Mar.2001-


皆さん、こんにちは。

前回,あやめちゃんが多忙な為、臨時で私こと、現役外資系FAが
変わりにエッセイを書かせて頂きましたが,
なんとその後あやめちゃんのPCが故障してしまったので
原稿が送れなくなってしまいました!!!
このような事情のため、今回もちょっとブレイクタイムと言うことで
私がエッセイを書かせていただきましたので,宜しくお願いいたします。

近所に住んでいれば,ひとっ走りして原稿を取りに行く事もできるのですが,
お互い地球の裏側に近いところにいるために,それも出来ず・・・・
と、言う事で、あやめちゃんPCが早期に復旧する事を願いながら、
とりあえず来週の更新は一回休ませていただこうと思います。スミマセン!

「私がFAを目指した理由ときっかけ」

私は小さい時からずっとFAを目指そうとか、将来はこの職業しかないとかは
全く考えていませんでしたが、小学6年生の時、堀ちえみさんが主演で話題を呼んだ
「スチュワーデス物語」を見た事は覚えています。あの時私が思ったのは
スチュワーデスって一人前になるまでは大変そうだけど結構楽しそうな
仕事だなと感じていましたが、男性のFAの存在も知らなかった事もあり、
将来この仕事につく事に成るとは全く予想もしていませんでした。

しかし、当時は幼かった私ではあったものの「スチュワーデスは背が高くてキレイ。
国際的で英語がペラペラでカッコイイ。うーん。将来の恋人やお嫁さんがスチュワー
デスだったら良いな。」とは思っていました。

よく子供の頃憧れるは、アニメのヒーローだったりしますよね。
将来サッカーのJリーグ選手に成った人とかは子供の頃、「キャプテン翼」に憧れたり、
プロレスラーや格闘家だったら「北斗の拳」のケンシロウだったりするようで、
その人の将来の職業を想像させるヒーロー、ヒロインに成りたいと思ったりするのでしょうが、
私の場合は少年時代にルパン三世に憧れていたのが唯一私の将来を
予想させる一面だったかも知れません。
「ルパンのように世界中をかけ回って、次々に難題に挑戦して、
誰にも縛られる事無く自由に生きる。うーん。なんてカッコイイんだ。」と思っていました。

その後私は高校二年生の時、アメリカ留学の経験があった英語の先生に
英語を教わった時から、とても英語に興味を持つようになります。
今、振り返ってみるととても不思議なのですが、私は中学生の頃英語の授業が大嫌いで
中間テストでたったの3点という立派な成績も取ってしまっていたのですが、
その英語の先生のお話が面白くて英語が好きになります。
又、高校3年生の時に選択した世界史の授業にも興味が出てきていつか
世界史で勉強した世界各国を実際にこの目で見てみようと思うようになりました。

英語と外国に興味があった私は19歳の時にオーストラリアのメルボルンに10ヶ月
程、留学をします。又、21歳から24歳まで3年近く、旅行会社に勤務し、その後
再びイギリスへ3年間留学します。FAを目指そうと意識し始めたのは26歳ぐらいか
らで、それまでは経験と資格を生かして海外旅行を専門とする添乗員になろうと思っ
ていましたが、外人と一緒にいる事が好きな私は、添乗員になってしまうと対象とな
るお客様が日本人ばかりで面白くないと感じ、何か他に外国にたくさん行けて、外人
とも仲良く成れる仕事がないかと考え、FAの仕事に行きつきました。

今現在、私は願いが叶い毎回色々な国へフライトし、又、大好きな外国人クルー達に
囲まれ、そして様々な国籍、年齢、バックグランドのお客様に接しています。今の
所、お仕事とプライベートをあわせると45カ国ぐらい旅行しましたが、
まだまだ欲張りな私は行きたい国がたくさんあります。

私が少年時代に憧れた「ルパン三世」の人生とは少々異なるものの、今、私は世界各
国を飛び周り、機内という限られた空間の中で毎回様々な難題に挑戦して、普通の仕
事では得られない程の自由な時間を誰にも縛られる事無く満喫しています。

よく、ただ純粋に歌うことが好きな人が歌手になったり、文章を書くことが好きな人
が作家や新聞記者になったりすると聞きますが、私の場合も共通する部分があるのか
なと思います。逆に、「自分は絶対に歌手になるんだ」とか「お笑い芸人になるぞ」
と言う人の方が成れなかったり、仮に成れたとしても考えていたものと現実が異なっ
ていて転職して行くケースも多いと思います。

最後にちょっと偉そうな事を書かせて戴きますが、今現在、FAを目指している皆様、
この仕事は素晴らしい仕事ではありますが、その反面辛い事もたくさん存在します。
よく憧れだけでクルーを目指すと実際にクルーに成った後の失望感が大きいと言われ
ますが、私も同意見です。FA志願者の皆さんはなぜ貴方がFAになりたいのか?を一度
じっくり考えて見て下さい。その結果、この仕事が心から好きだと思えた人はきっと
将来クルーに成れた際は失望なく、毎回楽しく乗務出きると思いますよ。

(次回更新は3月15日頃の予定です)



 



Australia
( Photo by (c)Chiaki )
 







= 第8話から第11話までの担当クルー紹介 =


2週間ぶりの更新となりましたが,残念ながら"あやめ"ちゃんは
その後もPCが復旧せず,原稿送信ができない状態が続いています(涙)

・・と,言う事で,あやめちゃんにはPCが復旧後に再登場頂くこととして
第8話〜11話まで,"サスケ"さんにバトンタッチする事になりました。
どぞよろしくお願いいたします! by 管理人


はじめまして。サスケです。
外資系エアラインで客室乗務員をしています。
乗務歴はまだ4年ですが、「転職組」なので、そこそこ年齢は行ってます。
(でも、非公開ですよ!!)
あやめさんの後を引き継いだものの、一体どうなることやら、、、、。
私は男性ですし、エアラインも自分が勤めている会社しか知りませんので、
エアライン全般の話というよりは、ある会社のある男性F/Aの話として
読んで頂けたらと思います。

 


第8話
「自分がF/Aを志した理由」 - 14.Mar.2001-


今回は自分がF/Aになるまでの事を書かせて下さい。
長くなりますが、少しでもどなたかの参考になれば幸いです。

それは、今から約10年前の事です。
大学生だった時に、大学の夏季研修に参加して初めて海外へ行きました。

それはまた、自分の将来に向けて、
そろそろ就職の事を考えなくてはならない時期でした。
付属校からエレベーター式で上がれた私は、大学にしても他大学に
チャレンジする事なく安全パイの親大学に進み、
その専攻もそんなに熱意も持って選んだワケではありませんでした。
将来やりたい事やなりたい物がなかったのです。

授業への出席率だけは良かったのですが、
とりあえず行ってると言った感じでしたね。
20歳そこそこで将来のヴィジョンを持ってしっかりやっている
人の方が少ないと思うのですが、どうでしょうか?

その当時は、百貨店などの流通業に人気があり、
自分もなんとなくそっちへ進もうと思っていました。
だからと言って、どの会社って言うのもなかったのですが。

要するに仕事をしたいって言う熱意ってものがなかったんですよね。
「仕事なんて、生きていく為にやらなくてはならない物。」
くらいに思ってましたから。
まあ、自分の人生にとって楽しかったり、
生き甲斐になったりする物ではないと思っていました。

で、ここで最初に戻るのですが、初めての飛行機が国際線で
しかも外国のエアラインだった私は、おそらく緊張してたんじゃないかと思います。
そして客室乗務員は「外人スチュワーデス」ばかりだと思っていました。
でも、実際搭乗してみると、男性クルーが何人かいてその意外さに驚き、
またその中の一人が日系人の方で、私はその人にとても親近感と安心感を感じました。

飛行機の離陸後、サービスが始まりました。
その人は、フライト中とても一生懸命に仕事をしていました。
それ自体、大した事ではないのですが(プロとしてお金をもらっている以上、
当たり前ですよね)その人はその仕事の一つ一つを
本当に楽しそうにこなしていたのです。

彼は私に態度で教えてくれたのです。
「働くって言うのは楽しい事でもあるんだよ。」って。
そして、見ている私までも、楽しい気分になりました。
F/Aに興味を持ち始めたのはそれからです。
「あんなにあの人が楽しくやってるF/Aって仕事は一体何なんだろう。
自分もやってみたい」って。
まあ、もともと飛行機や空港、そして接客業が好きだったと言う事もありますが。

今でも日本人男性がF/Aになれる機会は少ないですが、
その当時と言ったら今の比ではないですよ。
いわゆるデス学校も、その対象は女性オンリーでした。
そういう意味では、今F/Aを志望されている男性は、
まだまだチャンスに恵まれている方ですよ。悲観しないでがんばって下さいね。

卒業後、何度か転職をしました。
日々の仕事の中で楽しい事ややり甲斐を感じる事はありましたが、
その会社や職種は本当に自分がしたくて選んだ物ではないと言う意識があり、
どこか不完全燃焼で、「このまま年取って良いのかなあ。」って思ってました。

いつも、「自分が本当にやってみたいのはF/Aなんだ。
とにかくF/Aになってその結果を見てからでないと次に進めない。」
と言う気持ちと、「F/Aなんて自分になれっこないじゃん。
このまま今の会社に勤めていれば、そこそこに給料もらえて
安定しているわけだし、今更30歳になって転職なんて。」
と言う気持ちの間で葛藤していました。

そんなある日の月曜日、いつもは買わない「ジャパタイ」をろくに読めもしないくせに、
「電車の中で開いたら格好良いかなあ。」くらいの気持ちで駅の売店で買ったのです。
そしてその日の求人欄に、あるエアラインのF/A募集の広告が大きく出ている
のを見て、「ドキン」としました。

実はそれまでにF/Aに2度ほど挑戦して見事に失敗していたのですが、
諦めきれずにいて、「これを最後に受けてみて、もし駄目だったら、もうきっぱり諦めよう。」
そう望んで応募しました。

自分のどこが良かったのでしょうか?
自分でもよくわからないうちに、合格通知を頂き、トレーニングに参加する為に
その会社の本国へと旅立ったのです。

そして、私を受け入れてくれた今の会社は、最初の最初に
「仕事って言うのは楽しい物だゾ。」って教えてくれたあの日系男性F/Aが働いていた
(今もいらっしゃるかも知れませんが)、その会社なのです!!
時間はかかりましたが、なんだか運命的な物を感じています。

F/Aになって得られた自分への答えは、自分にはこの仕事があっているし、
好きだし、いつも楽しいし、この仕事を選んで正解だったという事です。

そして、自分のF/Aとしての目標は、サービスや保安と言う、一連の決まった仕事を
完璧に近い形でこなせるように努力するのは当然の事、あの日のあの男性F/Aと私の
関係のように、乗客の中の誰かに「あの人、本当にこの仕事が好きなんだろうなあ。
だって楽しそうだモン。私(or僕)もやってみたい。」と思われるくらいに、
自分のこの仕事への愛情を仕事を通じて伝えられるようになる事です。

また、F/Aになれるまでの経験で感じた事は、
やはり「諦らめてはいけない」という事です。
もちろん、自分で幕引きの時期を決めるのも大事ですが、
「もういい。」って思えるようになるまでは
自分の気持ちに忠実にあるべきだと思います。
これは、F/Aになることだけではなくて、
人生全般について言えるのではないでしょうか?

それと最後にもう一つ、

自分がしたい事がなかなか分からない人の方が多い中で、
「F/Aになりたい!!」って自分のやりたい事がはっきりと
わかっていること自体が幸せな事だと思います。結果はその次です。

その結果を「ハッピーエンド」として迎える為に、みなさんがんばって下さい。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)
 




第9話 「もてなし」 - 23.Mar.2001-


僕の大の仲良しの仕事仲間、A子ちゃんは、
帰国子女でそれも10数年という単位。
英語も、もちろん日本語も完璧なバイリンガル。

そんな彼女は、外国育ち特有の(?)ハッキリしたところもありますが、
普通の日本人以上に情が熱くて日本的、そして、何より自分が
「日本人である事」に誇りを持っています。
そんな彼女の好きな言葉が「おもてなし」。

この言葉、とっても日本的だけど今じゃほとんど「死語」じゃないですか?
でも、だからこそ僕にはとても新鮮に聞こえてくるんです。
好きな事でも、続けてやっていれば、どうしても慣れって出てきてしまいますよね。
F/Aの仕事もまたしかりです。いくら「フライトのたびに違う出会いがあって新鮮」と言っても、
基本的にやってる事は同じですから、まあ、悪い言葉で言えば
「目をつぶっていても出来ちゃう」みたいな、、、、「流して仕事をする」みたいなぁ、、、。
きっと同業者の方は、共感される部分があるんじゃないでしょうか?
(反論ばかりだったりして!)

そんな時にお客様に「ありがとう」 と言われれば、「ハッ!」と我にかえ り、
そんな自分に反省もするし、またその逆でrudeなお客様には、
必要以上にイライラしたりするんだと思います。
でも、それって、お客様に何かを期待してる事になりませんか?
どんな仕事でも、プロである以上、受け手(=お金を払っている側)
から期待される事はあっても、受け手に期待するというのは、どこか違うような気がします。

彼女曰く「やっぱり大切なのは“おもてなしの心”でしょう。」
「もてなし」という言葉は、もっと大袈裟に言えば「無償の奉仕」になる のかな?
「もてなしの文化」がある日本だから、例えば西洋にあるようなチップの
制度も根づかないのではと思います。
例えば満席のエコノミー担当でドリンクカートを押しながら最前列から
最後列までサービスをする時は、お客様の「頭、頭、また頭」を見るだけで
正直「ゲンナリ」する時もあります。

そんな時は、「おもてなし、おもてなし、おもてなし」と心の中で
唱えてからサービスを始めるようにしてます。
そうすると、ありがとうと言われると、いつも以上に嬉しいし、
感じの悪いお客様もそんなに気にならなくなります。。。。。
これも単細胞な性格の成せるワザか!!

ただ、こんな事を言っていられるのも、僕が外資系で働いているからだとも思います。
日系の航空会社ではお客様のほとんどが日本人でしょうし、クルーも日本人ばかり。
機内は日本文化の匂いでムンムン。そうなると、お客様からの要求も
「わがまま」な位エスカレートしてくる場合もあるでしょうし、日本人同士であるが上に、
はっきり言い返せないクルーの方々の苦労も想像に難くありません。

みなさま、お疲れさまです。

会社によって、ミールの内容や搭載されているサービス品に、
かなりの差があるのは、もうご存知だと思います。
それは一社員ではどうにもならない事ですが、
働く姿勢は本人次第でどうにでもなると思います。

さあ、明後日からまた仕事、、、と言うか、昨日帰って来たのですが
(フ ー、馬車馬!!)またまた、お経のように唱えてがんばります、、、、

「おもてなし、おもてなし、オテモナシ、、、じゃなくて、おもてなし」


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)


 


第10話 「フライト中の楽しみ、、、」 - 29.Mar.2001-


クルーにとってのフライト中の楽しみってなんだと思いますか?

僕が見ている限り、それは「食べる事」だと思います。
一度に大食いをする人はあまり見かけませんが、みんな暇さえあれば
ちょくちょく何か食べたり飲んだりしてます。
時間を持て余してつい何かを口にしていまう場合もありますが、
非日常空間(空の上、さらに時差付き)での仕事は結構“腹が減る”モンなんですよ。

自分もフライトし始めた頃は、まるで旅行者のように機内食がうれしくて、
特に「一般ピープル」の時は目にする事が出来なかったファーストクラスミールの珍しさに、
ついついフルコースで頂いてしまったものです。

でも、今ではすっかり見飽き食べ飽きてしまい(この贅沢者がぁ!!)、
メインコースを口にする事はほとんどなくなりました。
ほとんど、サラダとフルーツのみ(ウ〜ン、ヘルシー!!)。
それかエコノミーのミールが一番口に合ったりします(ヨッ、庶民派!!)。
そのせいか、ワンフライト終えて帰ってくると1〜2kgくらい
体重が減っていて、良いダイエットです。、、、、、
でも、結局オフ中に食べて寝て、減った体重も元に、いや、それ以上に、、、、、。

蛇足ですが、弊社のクルーミールは、サラダとアぺタイザーがのった
クルー用のトレイがあり、メインコースはファーストクラスやビジネスクラスで
お客様へのサービス後に残っているもの食べるようになっています。
クルーミールの扱いは僕の聞いている話では、フライト前に数ある
メニューの中からプリオーダーするシステムの所があったり、
またそのミール代を給料から天引きされる所があったりと、会社によって色々です。

それと、もう一つの僕の楽しみは「ブレイク」、、、そう、休み時間です。
僕が乗務するのは主にB747−400なのですが、この飛行機の某所に
バンクルームと呼ばれるベッドが備え付けられた部屋があり、
合計8人まで一度に休憩を取る事が出来ます。
僕のお気に入りの場所は飛行機の機体と平行になったベッドの上段。
ここは一番寒い所なので、不人気。
だから他の人に取られる事がなくて安心です。
弊社の場合、先輩後輩の順はないので、早いもの勝ち、弱肉強食です。

僕の場合、ブレーク中はジャケットを脱ぎネクタイをはずし、それに靴、靴下を脱いで、
耳詮してベッドに横になるのですが、クルーの中にはマイパジャマ(ネグリジェ?)に着替えたり、
特に外国人は下着だけになる人もいます。

もちろん、「男部屋」「女部屋」の区別があるわけもなく、目の前を下着姿の
シニアママが横切ったりする事もしばしばです。
あまり僕らの存在は気になっていないようで、そう言う時は、
「流石、女性がマジョリテイーの職場だなあ。」って再確認させられます。

休憩はフライト時間によりますが、1時間から3時間位あります。
僕は大抵良く眠れるのですが、たまになかなか寝付けなかったりすると、
なんだかとっても損した気分になります。
そして、何よりも損した気分がして悔しいのは、せっかくぐっすり眠ってるのに、
途中でトイレに行きたくなった時です。(同業者の皆さん、これ共感物ですよね!!)
限界まで我慢するのですが、結局自然の摂理には抵抗できず、
寝ぼけ眼でトイレへ行く事になります。ああ、この5分が惜しいのに!!

そう言えば、トレイニング中に女性インストラクターが良く言ってました。
「この仕事は、食べたい時に食べて、寝たい時に寝ないと身体が持たないわよ」って。
どうやらオフだけではなく、フライト中にも通じる言葉だと、
これを書いてて再確認しました。

今回はこれで終わります。僕の担当も、次回で最後です。
次は何について書こうかな。リクエスト、ご意見、御感想等ありましたら、
下記のメールアドレスまでお送り下さい。
fkst@excite.co.jp

それでは。


次回へつづく。。。。

(来週更新予定です)



 

第11話 「サスケの最終回」 - 6.Apr.2001-


よく、「フライト中の面白い話ってないの?」って聞かれるのですが、
実際そんなにないんですよ。
「笑う○チュ○ーデ○」なんか読むとすごいですよね。
僕なんか同業者なのを忘れて大笑いしながら読みました。
それに、よく次から次へといろんな事がありますよね。

僕はいつも思うんです。「なんでサービスを始めようとすると機体は揺れ始める
(=Turbulance)んだろう??」って。これって僕だけだろうか???
離陸後、飛行機は一気に上昇して水平飛行高度に達すると、
キャプテンからの挨拶のアナウンスとともにシートベルト着用のサインが消されます。
その間に僕たちクルーは最初のサービスである「ドリンクサービス」をする為に
カートのセットアップをします。
フライトも順調、軽く冗談なんか言い合いながらセットアップを終え、
「さあ出陣!!」とばかりにアイルに出ると始まるんですよね。
”がたがた、がたがた”と言う機体の揺れが。

シートべルトサインが点灯されて、お客様に「シートベルトプリーズ!!」
なんて叫びながら、自分達はサービスを続けなくてはなりません。
「う〜ん、なんて命懸けな職業なんだ!!」っていつもその時思います。
ま、よっぽどすごい時はサービスを中断しますが。
でも、面白い事に、お客様ってサインが点灯されるとトイレへ行き始めるんですよねぇ。
「行けない」となると行きたくなるんでしょうね。人間の心理!!

そんなある日もドリンクサービス中に揺れ始め、あと2,3列でサービスも
終わりって言う時に来たんです、大きい揺れが!!
僕と僕のペアーのクルーはぐっと踏ん張って揺れを我慢したんですが、
踏ん張れなかったのはカートの上の紙パックのオレンジジュース。

そのO.Jは僕と彼女の間で空に弧を描きながらお客様の方へ。
僕らは僕らですごい揺れにカートから手が離せない。そして、そのO.Jは女性の
お客様の背中と背もたれの間に「スポッ!!」。
しかも、逆さま!!しかもサービス中なので口は開いている!!
今にも「ドボドボドボ」って音が聞こえて来そうです。

お客様の洋服とシートは、確実にO.Jを飲んだハズ。でもこんな時に限って、
飛行機はド満席。「お客様大丈夫ですか?」と声をお掛けすると、「大丈夫です。」
ってお答えになるんですね。

ここで余談ですが、僕は自分達に落ち度がない限り「申し訳ありません」や
“I am sorry.”は使いません。
今回の事もしかりで、あくまでも自然現象が原因なので、
僕の第一声が「大丈夫ですか?」になったわけです。
「何でも謝る」、「何でも謝らせる」と言うのは違うと思うんです。
他にもその場に適した、気持ちを表す言葉って沢山あると思います。

話は戻ります。
「大丈夫です。」って言われたって、「大丈夫ではない。」のは明白。
ペーパータオルやお絞りをお持ちしたり必要と思われる事はしましたが、
その間も「大丈夫です。」と言い続けるお客様は、結局そのまま最後まで
そのお席でお過ごしになり、その態度はあくまでも穏やかで、まるで菩薩様のようでした。
でも、ほんと〜〜〜に大丈夫だったのだろうか?????

シートベルトと言えば、僕は見てしまった、、、、
と、言うよりは体験してしまった。
某航空会社のエコノミーに座っている時の事、水平飛行に入ってすぐに
点いたんですね、シートベルトサインが。トイレに立たれるお客様を席に戻らせ、
そのうちドリンクサービスが始まりミールサービスへと進んでいきました。

で、ふと気がつくとシートベルトサインがず〜〜っと点いたままなんですね。
そう言えば一回も揺れていない。正にスムースフライト。
「おかしいなあ。もしや、もしや、もしかして、、、。」と思っていると、やっぱり
僕の予想は当たっていました!!!

みんなが食べ終わり、トレーもほとんどピックアップされた頃を見計らって、シート
ベルトサインが消えたんですねぇ。これどういう意味かお分かりですよね?

僕は心の中で叫んでいた、、、、「ク〜〜〜ル!!」

その後、着陸準備に入るまでそのサインが再点灯されることはなかったのでした。
じゃんじゃん。

実は、僕、今日フライトから戻ったばかりなんです。
今回は、ちょっと嬉しい事がありました。
自分が担当したセクションのお客様から「○○航空って初めてだったんですけど、
いいですねえ。」とお褒めの言葉を頂いたんです。
もちろん、自分だけの力ではなく、ギャレー担当者を始め、そのクラスを担当した
みんなのチームワークの賜物です。そしてそれが一番嬉しい事なのです。
これがあるから、辞められないんですよね。
僕はF/Aの仕事を一緒の営業職と考えています。
今回の営業はとりあえず成功かな?

さて、僕の担当も今回が最後です。みなさん、楽しんで頂けましたでしょうか?
前回、メールアドレスを載せたのですが、どうやらHP上のアドレスをクリックしても
エラーが出てしまうようです。

ご意見、御質問等ある方、またどうしても僕とメールした方(いるわけない!!)は、
大変恐れ入りますが下の絵をクリックしてエラーになる時は
メール作成の宛先に fkst@excite.co.jp と記入してメールして下さい。

それではまたいつかお会い出来る日まで、、、、。

サスケでした。


fkst@excite.co.jp
 



 






Copyright (C) 2001 Crew Net All rights reserved.


.