= 第24話から第27話までの担当クルー紹介 =
皆さんこんにちは。
現在海外ベースの外資系で客室乗務員をしておりますぴんくと申します。
まだ乗務経験は浅いですのでひよっこの域を出ていませんが
皆さんにこの世界を垣間見ていただけるようなエッセイをお届けできたら
良いなあと思っております。
つたない文章ですが、どうぞお付き合いください。
第24話 「トレーニングって大変」 - 13Jul.2001-
トレーニング、と一言でいっても色々あると思うのですが
きっと多くの方が興味をもたれている、入社して飛び始めるまでの
トレーニングについて、今回はお話してみようと思います。
入社してすぐのトレーニング。期間は会社によってまちまちです。
ただやることは大まかに分けて2つ。
セーフティのトレーニングとサービスのトレーニング。
サービスのトレーニングは想像できると思うのでセーフティのお話を。
セーフティトレーニング。もうもうこれが大変〜〜。
何が大変ってまず英語。
入ったばかりの私、海外経験がなく英語もいわゆる
標準語ばかりに触れてきて、映画でスラングを耳にするぐらい・・・。
私の会社の公用語は英語なのですがベース地の公用語は英語ではないのです・・・。
だから英語が母国語でない教官の話す英語はくせがあってわかりにくい・・・。
トレーニング初日から頭の中は?????で
私ってこんなに英語ダメだったの?!と自信喪失。
(おまけにこの国の人たちは、自分たちの英語は完璧!
だと思っているので早口なのです・・・。^^;)
それに加えて、分厚いテキスト!!広辞苑くらいの厚さかな?!
でも客室乗務員は保安要員としての大きな役割がありますから
これ、すべて覚えなければなりません〜〜〜(泣)ツラ〜〜。
そんな中で毎日毎日新しいことを勉強するのです。
心肺蘇生法、包帯の巻き方、怪我や病気への対応方法・・・。
出産や事故のビデオも見ましたよ! 怖いのなんの!
水上に着陸した場合の救出訓練やドア操作。
大声で叫びながらドアを開けるんです。
うまくやれるまで、何度でもやらされる。声がかれるくらい〜!
そして緊急着陸の際の脱出。(あの例のスライドをジャンプして滑り降りるやつです。)
作業着みたいなつなぎを着て・・・。私は自他ともに認める絶叫マシン好きなので(笑)
前日からもうワクワクドキドキで遊園地に行く前の幼稚園児状態だったのですが
かわいそうだったのは高所恐怖症のクラスメイト。
このスライド結構な高さがあって、上から下を見ると
(私の視点だから確実ではないけど。)3階の窓から下を見下ろすくらいかなあ?
そんな高さのドアからジャンプして滑り降りるんです。
まさしくジェットコースターが一番高いところから急降下する感じを想像すると良いかな?
さすがの私でも始めてすべる時は、ちょっとドキッとしたくらいです。
そんなだから怖気づいてドアのところに立ったまま降りられない・・・。目には涙。
でも・・・。教官は容赦なく後ろから背中を押したのでした・・・。
そしてそういう人に限って、なかなかうまく出来ないから何度も滑らされるのでした。
そしてそれぞれにテストがあり、すべてにパスして初めてクルーとして
乗務する資格をもらえるのです。(もちろんスライドをすべるのにもテストがある!)
終わって、免許証もらった時には本当に嬉しかった〜♪
そしてその資格、飛行機の種類ごとに必要・・・。
そして自動車と同じでその免許更新が年に1回ずつあり、
毎年、トレーニングとテストが繰り返されるのでありました。
(でも年に1回のトレーニングでは新しく変わったところや知識の確認、
ドア開けや筆記テストなどなので、日数はぐんと減りますけどね・・・。)
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第25話 「機内食って・・・」
- 18Jul.2001-
飛行機に乗るときの楽しみってなんでしょう??
この仕事着く前にも海外旅行が好きで何度か数社を利用しましたが
いつも機内食を楽しみにしていた食いしん坊な私。
今回はそんな機内食のお話を・・・。
日本からだとアジアなどの近距離線では1回ないしは2回、
ヨーロッパやアメリカになると、2〜3回の機内食を頂きますよね。
最近はエコノミークラス症候群についてもしばしば報道されているので、
眠っていらっしゃらないお客様の中には、機内をただあるいてまわられる
お客様も多くなってきましたが、以前の私は・・・といえば、
映画を見る、ゲームがついている時はゲームに夢中、
立つのはお化粧室に行く時程度、そして出るものはすべていただきます!
なお客でした。
そんな私、飛行機を降りるといつも感じる・・・。
(特に日本についた時に。) 体が重い!
もちろん、旅行中に飲んで食べて大騒ぎ〜したせいもあるのでしょうが、
この機内食、とってもカロリーが高い!!
会社によってカロリーは違うと思うのですが、聞いた話によると
1食分につき1500〜2000kcalあるんだそうです。
大体1日に成人が必要とするカロリーと同じくらい!
それを12時間ほどの間に2回もとるとなると・・・。(苦笑)
でも、2回食べてもその2回の間に頂く軽食まで、しっかり食べていたのはここの私。
あるときなんてそれでは足りなくて、ギャレーにあったアンパンとかクッキーとか
いっぱいもらってたなあ・・・。今考えるととても恐ろしい・・・。
では、なぜそれほど高カロリーの食事を提供するのでしょう??
理由に関してはいろいろ耳にするのですが、ふ〜んと思ったのは2つ。
限られた量で満足と満腹感を得てもらうため、油を多く使っている。
何かあったとき、しばらくの間何も食べなくても大丈夫なように、
当座のエネルギーとして高カロリーの食事を出している。
(でもどれが真実なのかは良くわかってません。書いていながら・・・。スミマセン。)
たまに食べるには高カロリーでも大丈夫でしょう。せっかくの機会だし!
でも、毎日食べていると・・・。末おそろしや。
太らないように気をつけるのも大変なのでした。(でも太ったけど・・・^^;)
そしてもうひとつ。機内食で楽しみなのがチョイス。
大抵選択肢があります。
すべてのお客様に好きなものを選んでいただければ、
これほど両方が幸せ♪な事はないけれど
そうそううまくは行きません。
大体人数と同じ数、もしくは少し大目くらいにしか
メインコースは搭載されてきません。
ここで私たちの駆け引きが始まるのです。
どちらか人気がある方が足りなくなってくると・・・。
人気のない方がより美味しそう〜に聞こえるように説明するのです。
うまくすべてのお客様に選んでいただけた時はなんだかとても嬉しい気分。
そしてそれでも足りない時は・・・。スミマセン。謝るしかありません・・・。
そうならないように、日々努力しているのでした・・・。
(ちなみにこれを書いている今日は謝ってきました。^^;)
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第26話
「日本って素晴らしい」
- 27Jul.2001-
この会社に入社することが決まって、初めて海外生活をした私。
今までといえば、年に1〜2回、海外旅行に行っていたくらいでした。
留学したいー、海外に住みたいーとずっと思ってきたけれど
こちらで生活するようになって日々感じること。
”日本って素晴らしい!”
こちらにくるまで、そんなこと思わなかったし、
海外に永住したい〜とさえ思っていた。
でも本国ベースの私たち日本人クルーも、現地クルーと同じように
会社の路線すべてに乗務しているので、そうそう日本便ばかりでもないし、
日本に帰れるわけでもない。
たまにある日本便やお休みで日本に帰った時にしみじみと感じるのです。
何が素晴らしい??
日本ももはや安全大国ではないかもしれません。いや、ないでしょう。
でも夜中にひとりで電車に乗っていてもいちおう安全だし、
24時間コンビニもあいている。
普通、道を歩いていてピストルを向けられることもないし、情報も入りやすい。
そして一番大切なのは・・・何よりもスーパーが素敵。(笑)
クルーになる前のこと。海外ベースのクルーの友人がステイ中に
スーパーで山ほど買出ししているのを見て、
”そんなの重いもの、現地で買えば良いのに・・・。
なんでそんなにスーパーで必死になって買い物するの??”
と、内心思ったものでした。(そんなこと口に出してはいいませんが〜。)
でも!今は私もそんなひとり。
目をキラキラさせて、コンビニやスーパーの店内を徘徊しています。
奥のほうまで手を入れて、賞味期限の長いもの=新しいものをカゴに・・・。(笑)
デパートに行った日にはもう札束ばら撒きそう!
(でも札束もってないからばら撒けないけど。−−;)
この間デパ地下にお買い物に行った時なんて、
手持ちで足りなくて、食料品売り場でカード使いました。
日本に帰った月(フライトも含めて)はかなりエンゲル係数が高いはず・・・。
今住んでいるところにもスーパーはありますが日本製品の多いこと多いこと!
でも高い!!輸入しているからでしょう・・・。
安さと美味しさを知っているからついつい日本でまとめ買いしてしまうのでした。
そして日本の美しさ。
仕事上、世界各地に行っていますが、日本は四季があり
世界のビッグシティのひとつ東京のような大都市だけでなく、
山や海などの自然にも恵まれています。
仕事で疲れた時に、ああ温泉行きたい〜〜!
海を眺めてぼ〜っとしたい!って感じるんです。
今度の長いお休みにはどこに行こうかな〜??と考えて、
まず思いつくのが北海道や沖縄。(笑)
前だったら1週間のお休み・・・といえば海外だったことを考えると
これはとっても贅沢なのでしょうね・・・。
そして今までは、何でこんなにうちって田舎??と思っていた実家。
でもたまに帰るとやっぱり落ち着くし、近所の観光名所に行くと
俳句でも読みたくなるくらい(笑)幸せを感じるのでした。
なかなか日本にいてもわからないけれど、外に出てはじめてわかる素晴らしさ。
どうしてもこちらで生活していると、日本人らしさを失いやすいというけれど
こちらに来たからこそ、日本人のままでありつづけたいと思っている
今日この頃でありました。
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第27話
「ご挨拶とありがとう」
- 3 Aug.2001-
このお仕事、とっても挨拶が大切なんです。
クルー同士でのご挨拶やありがとうは1つのチームとして
そのフライトを良いものにするためにかけがえのないものです。
それとともに、クルーとお客様との関係を良いものにするのにも
このご挨拶、大切だと思うんです。
乗務員とお客様。ここでの挨拶と会話は2パターン。
1つ目は乗務員からお客様。もうひとつはその反対、お客様から乗務員へ。
1つ目は当たり前ですよね。あって当然。なければ苦情ものです。
ご搭乗の際のお出迎え、機内での会話、そして到着時のありがとう。
私達にとっては数多くのフライトのうちの1つかもしれないけれど
お客様にとってはもしかしたら一生に1回のことかもしれない。
私達の印象が悪ければ、会社のイメージも悪くなるし、
それ以上にそのお客様の思い出まで汚してしまうかもしれません。
反対に、何か失敗をしたとしても、即座に誠心誠意対応し、
心から謝れば、その印象はいいものになることもあるかもしれません。
自分が乗客として搭乗した時にも、飛行機に足を踏み入れた時の
クルーの挨拶がいいものであれば、気持ち良いものですから。
私もお客様に気分良く、フライトしてもらいたいと思っているので
○○航空使ってよかった〜って思ってもらえるようにご挨拶しています。
そして2つ目、お客様から乗務員。
最近とても気になることがあるんです。
先日到着時にパーサーと二人で並んでお見送りをしていたときのことです。
パーサーが、”挨拶をしてくれるのって年配の人ばかりだね。
若い子はにこりともしないね。日本人ってみんなそうなの?”
・・と聞いてきたのです。
これは前々から私も気になっていたこと。
中年以上のお客様はにっこりと笑ってくださるけれど、
若い人はにこりともしない方が多いんです。
この仕事、ありがとうと言ってもらえたり、お客様の笑顔が見られたり
するのが一番ああ良かった〜と思える瞬間なのです。
もちろん仕事ですから、サービスする時にお客様によって差をつけてはいません。
でも、乗務員も人の子。1人で壁にボールを投げているよりも、
2人でキャッチボールするほうが楽しいし嬉しいですもんね。
先日私の担当ゾーンに白人のご年配の女性が1人で座っていらっしゃいました。
私が通路を通るごとににっこりと笑ってくださり、
何かをすると必ずありがとう!と満面の笑みで答えてくださる。
最後には、私の前で立ち止まってありがとうと言って降りていかれました。
その反面、”水””魚””ジュース”と、こちらも見ずに単語だけ発するお客様。
特に若い方に多いのですが、これってとっても悲しい。
そして同じ日本人として恥ずかしいのです。
そんなだから、日本人クルーの中にも日本便には乗務したくない!
って言う人がいるくらいなんです。
同じ接するにしても前者に接するほうが気持ちがいいですから。
もちろん高いお金を支払ってご搭乗いただいているのですから、
機内でどう過ごそうと、それはお客様の自由です。
でも、日本って素晴らしい!って思っている私。
日本人も素敵なんだよ!って胸を張っていえるようになりたい。
そしてもし乗務員として働きたい! と思っている人が
後者だったら悲しいな〜と思うのです。
まあ、そんな人はいないと思いますけれどね。^−^
ずっとなりたい〜と思っていたキャビンクルーになったけれど、
入社したばかりの時は、想像と現実のギャップにビックリしたものです。
本当に体力勝負だし、見た目ほど華やかでもなく、トイレ掃除や残飯処理もある。
でも、ああ〜この仕事をしてて良かった! キャビンクルーになってよかった! と
一番感じる瞬間は、ステイ先で美味しいものを食べたり、
お買い物を楽しんだりしている時ではなく、お客様から満足そうな笑顔で
ありがとう! と言ってもらえるときなんですもの。
そんな瞬間を、少しでも多く味わっていきたいなあと思っている
今日この頃なのでした。
私のエッセイは以上で終わりです。
言葉足らずでうまく伝えられたかわかりませんが、
何かを感じ取ってもらえていたら嬉しいです。
つたない文章に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
またいつか、機上でお目にかかれることを楽しみにしております!
![]()
pinkbearinthesky@yahoo.co.jp

( Photo by (c)Tomoyuki.U )
= 第28話から第31話までの担当クルー紹介 =
皆さはじめまして、こんにちはッ!!
アジアベースの外資系エアラインのクルーをしています、あっこです。
ほんとッ早いもんで、この仕事に就いて、もうすぐ12年になります。
関西人なので、随所に関西弁が出ることもあるかと思いますが、
どうぞお許し下さいませ。
第28話
「飛行機監禁事件 (前編)」
- 10 Aug.2001-
今回は、12年間乗務してきた中で、 定刻の午後7:30頃、関空への着陸体制に入り、コックピットより ディンドン♪というチャイムが鳴り、出るとチーフからのインターフォンでした。 その日のアナウンス担当は私だったのです。 私は、そのインターフォンを切った後、必死のバッチで 「えぇぇ〜〜〜〜っっ!」 今まで、着陸を前にして静かだった機内が、一気にざわめき始めました。 しかしッ、それが皆許されませんでした。 困っている時に、困ってしまう事は重なるもんで..... 当たり前の如く、娘を心配するお父様の怒りが ”爆発” しました。 結局、チーフもキャプテンも事の重大さが分ったのか、 私の頭はパニックでした。 足は勝手に、ビジネスクラスで働くともこちゃんのところに走っていました。 「皆様にご案内いたします。福岡空港が午後9:30に ここで、チーフが英語で言った went home を、 「うちに帰ってしまいました(そのままでしたッ!)。」 お客様の反応にはかなりビビりましたが、ここでのお客様の反応は、 「家へ帰ってしもてんたら、しゃ〜ないわな〜。」 そう....本当に私達はどうなんの???です。
一番印象に残っているフライトのお話をさせて頂きます。
それは約4年前の、香港発 台北経由 関空行きのフライトで、
機内はほぼ満席、私はエコノミークラスで働いていました。
「着陸の為、乗務員は席に着くように。」 という指示があり、
私は、エアバス330の、お客様を正面に向かえる席、
L3(左手の3番目のドア)に座り、窓の外にぼんやりと見える、
大阪の夜景を見ていました.....
「もうすぐキャプテンがアナウンスするけど、大阪の天気が良くないから、
福岡にダイバートすることになったからね。まだお客様には言ってはダメよ。
キャプテンがアナウンスを入れたら、その後に日本語のアナウンスを入れて頂だい。」
弊社の場合、英語のアナウンスはチーフパーサーがするのですが、
日本語のアナウンスは、暗黙の了解で、その時に飛んだ日本人の中で
一番後輩がするものと決まっています。
その便には、もう一人日本人の後輩のともこちゃんが乗務していたのですが、
ブリーフィングでチーフが、私をアナウンス担当者に指名したため、
仕方なく、大の苦手な日本語アナウンスをすることになっていました。
アナウンスブックを手に取り、ダイバートに関するアナウンスを探しました。
キャプテンから英語のアナウンスが入りましたが、
日本人のお客様が多いためか、あまり反応はありませんでした。
そこで私が少し緊張して、日本語のアナウンスを入れました。
「皆様にご案内いたします。ただ今、機長からの連絡によりますと、
関西国際空港が濃い霧のため着陸出来ませんので、
福岡空港に向かう事になりました。」
「うそやろォ〜〜!」
「こりゃ、えらいこっちゃ。これからどうなんねんッ!!」
福岡空港に到着したのが、午後8:25。
飛行機は、空港ターミナルには着けてもらえず、空港の端の駐機場で、
関空の天候が良くなるまで待機することになりました。
タラップは着けられたものの、グランドスタッフ使用のもので、乗務員はもちろん、
人っ子一人のお客様も外に出してもらえない状態でした。
人間の心情として、飛行機が到着すると、誰でも外に出たいものです。
香港、そして台北から関空上空経由 福岡まで、すでに何時間も狭い席に
閉じ込められた者にとって、一息でも外の空気を吸いたいと思うものです。
それにこの状況を、待っている誰かに連絡したいと思うものです。
喫煙者にとっては、タバコを吸いたいものです。
その時点では、関空の天候が回復次第、関空に向けて、
離陸の準備をしなければならなかったので、お客様には、
皆席に着いてもらうようにお願いしていました。
私たち乗務員に出来る事は、お飲み物のサービスをし、
パニック寸前のお客様に現在の状況を説明することで、
私は主に、エコノミークラスのお客様の質問、苦情に応対していました。
ビジネスクラスでは、お客様の一人がともこちゃんに、
強い腹痛を訴えてきたのです。
若いお嬢様だったのですが、かなり苦しィ様子で、それを心配したお父様が、
お嬢様を飛行機から下ろして欲しいと頼んできたのですが、
チーフとキャプテンに相談したところ....返事は ” NO ” 。
かなりキレた大声が、私のいるエコノミーにまで聞こえてきます.....
その時、私もエコノミークラスのお客様の応対で、手が一杯ッ、
ビジネスクラスまで様子を見に行くことが出来ませんでした。
グランドスタッフから OK がもらえたのか、お嬢様と付き添いの友人の方が、
やって来た救急車に乗り込み、病院に向い事無きを得ました。
その後、関空の天気が回復することも無く1時間が過ぎ、午後9:30。
チーフパーサーから、英語で...衝撃的なアナウンスが入りました。
午後9:30を過ぎたため、福岡空港はクローズ.....
入国係員と税関職員を含む、空港職員が皆帰ってしまったと言うのです。
したがって、明日の開港の時間まで関空に向けて飛び立つことは出来ないし、
おまけに入国係員が帰ってしまったので、日本に入国出来ないと言うのです。
これをアナウンスしろ、ってか.....!?
アナウンスの内容もショックでしたが、これをなんとアナウンスして良いものか?
もちろん、アナウンスブックにはお手本のアナウンスはありません。
ただでさえ関西人の私にとって、標準語を話すことは難しいのにィィィ。
しかし時間はありませんッ、一刻も早く日本語のアナウンスを入れなくては.....
今のアナウンスを、ともこちゃんに手伝ってもらおうと考えました、が。
ともこちゃんは、お客様に怒鳴られた事で大泣き状態。
とてもそんなことを頼める状態ではありませんでした。
んー、ここで私がしっかりしなくてはッ!! と意を決したように、
閉鎖されてしまいました....(沈黙)....入国係員並びに税関職員が....(沈黙)....」
日本語に訳すだけなのですが、日本語でなんと言えばいいのか、
大いに悩みました。 しかしッ、悩んだ挙げ句私の口から出た言葉は.....
びっくり仰天プラス大笑いでした。
私のアナウンスに対しての大笑いなのか、笑わないとやってられない
今の状態に対しての笑いなのか分りませんが、とにかく笑って頂けて、
緊張が解けていく思いがしました。
「帰ってしもた....って....!?」
「ほんで私らはどうなんの....?」
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第29話
「飛行機監禁事件 (後編)」
- 17 Aug.2001-
私の間の抜けたアナウンスに、お客様が笑っていたのも束の間..... 「もっと分りやすいようにちゃんと説明せんな、 グランドスタッフの説明によると、お客様の為にホテルを グランドスタッフから、提案とも取れるアナウンスが機内に流れました。 明日福岡空港が開港し、引き継ぎの乗務員が到着するまで、 まず、お客様は一刻も早くこの状態を、待っている誰かに伝えたいッ!! 次に、タバコを吸いたいとおっしゃるお客様の為には、 眠れないお客様の為には、機内映画を夜通し放映しました。 一晩の間には、いろんなドラマがありました。 「明日は、私の大事なフルートのコンクールがあるの、 ともこちゃんに怒鳴り散らしていたお父様も..... と、ともこちゃんに声を掛けられていました。 [そうや、桜の季節やったんや〜.....」 午前7:30、朝食のサービスが始まりました。 「ありがとう。」 この様な辛い境遇をともにしたお客様と私たち乗務員、 エピローグ.... この飛行機監禁事件から3年後、今から約1年前、 「僕のこと覚えてる? 福岡で、一晩一緒に過ごしたんだよねッ。」 ???何のこと??? と頭をかしげていたら..... 「君、あの時、顔色一つ変えず平然としてたよね〜。」 このフライトを体験した方に再会出来て、嬉しいやら懐かしいやら、
福岡空港が閉鎖され、私達は日本にいながら日本に入国出来ない、
飛行機を降りることさえ許されない、あたかもハイジャックに出会ってしまった様な.....
誰もが腑に落ちない状態に、矢継ぎ早に質問、苦情が飛んできます。
こんな状態で、文句を言わない人なんていません。
お客様の大半が日本人、もちろんクレームは全て、日本人の乗務員に回ってきます。
もともとその便は関西便、関西人が多いのが当たり前です。
ダイレクトに物事を言う関西人ッ!! 自分もそうだからよ〜〜〜くわかります。
関西人ではないともこちゃんにとって、お客様の一言一言が
かなりきつく感じられたことでしょう。
お客さんはみんな納得せ〜へんで。」
と、先ほどともこちゃんを怒鳴り散らしていたお父様。
確かにッ、確かにもっとちゃんと状況を説明したいんですッ。
で...でも、なんて言えば.....
「はよ、もっとちゃんと説明しなさい。」
「そんなん言うんやったら、代わりにアナウンスして下さいよぉー。」
アッ!! いつもの私がでてしまった.....
しかし、ここは関西人のおじさん。
「えっ? おっちゃんがやってもいいの? ほな、やるでェ。」
「....!?」
まさかとは思いましたが、アナウンスの仕方を教えると.....
「航空会社の人に代わって、ご説明させて頂きます。」
から始まって、関西弁ではあるものの、実に流暢に分りやすく説明して頂きました。
私は、思わず拍手をしてしまいました。
私の拍手につられて、他のお客様も拍手喝采ッ!!
すっかり上機嫌のお父様。
この頃から、乗務員とお客様というより、
同じ苦境に立たされた戦友と成りつつありました.....
手配しようとしたそうですが、あいにくその日は土曜日で、
福岡にあるホテルのほとんどが満室。
300人近いお客様を収容する為には、福岡のホテルだけでは足りず、
長崎にあるホテルまで使わなくてはならなかったそうです。
こんな夜遅く、長崎まで移動して頂き、明日の早朝、
また福岡空港まで来て頂くということでは、お客様がゆっくり
お休みすることが出来ないだろう、という理由で手配しかねている内、
福岡空港が閉鎖され日本入国も不可能になってしまいました。
「お客様を乗り継ぎロビーにご案内してもよろしいのですが、
ロビーでは皆様のお世話させて頂くスチュワーデスもおりませんし、
お食事のご用意も出来ません、機内にいた方が
ゆっくりくつろげるのではないでしょうか。」
お客様と共に、動いていない飛行機で1泊。
なかなか経験できるものではありません。
やらせて頂こうじゃあ〜りませんかッ!!
覚悟を決めた私たち乗務員とお客様は、
目の前にある問題を一つ一つ解決していきました。
しかし、飛行機に公衆電話なんかありません。
今でこそ、ほとんどのお客様が携帯電話をお持ちですが、
当時はまだ、携帯電話をお持ちでないのお客様も多くいらっしゃいました。
この問題は、グランドスタッフが、自分の携帯電話を
提供するということで対処しました。
タラップ上であれば問題無しということになりました。
小腹の空いたお客様の為には、サンドイッチ、
カップヌードルなどの軽食をお持ちしました。
足りない毛布は、ケイタリングサービスの人達が倉庫から持って来てくれました。
次から次へと問題が生じましたが、お客様に少しでも快適に過ごして
もらえるように、乗務員一同、グランドスタッフ、そしてケイタリング
サービスの人達、一致団結ッ!! 全力で頑張りましたッ!!
救急車で運ばれたお嬢様から始まり、キャプテンに泣きながら
訴えた台湾人のお客様もいました。
このコンクールのために、私は何年も練習してきたのです.....
お願いだから、一刻も早く大阪に向けて出発して下さいッ!!」
「さっきはゴメンな〜。 娘のことになると、ついムキになってしまって.....」
ほとんどのお客様が眠りにつき、少しづつ落ち着きを取り戻した機内。
私は一人タラップを降りて、外の空気を思いっきり吸い込みました。
駐機場の端、ひっそりと止められた飛行機のすぐ横をふと見ると、
堂々たる桜の木が、桜を満開にして月夜に照らされています。
永く日本を離れて住んでいると、日本の当たり前のような
景色にも感動してしまいます。
ひとつ、大きく息をつきました。
そんな中、コックピットから軽やかなフルートのメロディーが流れてきたのです。
涙ながらに訴えていた台湾人のお客様の為に、フルートの練習場所として、
キャプテンがコックピットを提供していたのでした。
なんか、みょ〜〜な光景でした。
もう、何でもありです.....
そして午前8:50、お客様は、引き継ぎの乗務員が待つ
新たなる飛行機に移って頂きました。怒っていたお客様も、
始めから笑っていたお客様も、皆一様に疲れた顔はしていたものの、
私たち乗務員に、皆さん一言一言声を掛けて降りて行かれました。
「スチュワーデスさんも、ほんま大変やなぁ〜。」
「今度、カラオケ行こなぁ〜。」
最後には何ともいえない連帯感が芽生えていました。
このような貴重な経験が出来、本当に勉強になりました。
体力的にも精神的にも辛いフライトでしたが、
今となっては私の大切な思い出です。
ビジネスクラスのお客様から声を掛けられました。
と言われ、よく聞いてみると.....
この飛行機監禁事件の時に、ビジネスクラスに座っていらした、
最後に 「今度、カラオケ行こなぁ〜。」 と誘ってくださったお客様だったのですッ!!
この事件の話題で話が尽きませんでした。
お客様が目を輝かせ、お連れの方に監禁事件のことを話す姿を見ていると.....
このお客さまの中で...あの監禁事件を経験された多くのお客様の中でも、
先のフライトが良い思い出になっているのだと、私...私達は信じております
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第30話
「包帯グルグル巻事件」
- 24 Aug.2001-
今回、このエッセイを書かして頂くにあたり、 「今から縫いましょう。」 「ノー、NO、ノォォー、お願いやから縫うのだけは勘弁してちょうだい!! 私は、涙ながらに訴えました。 「ん〜〜、止血剤でとりあえず血を止めることは出来るけど.....」 私は、両手を合わせてお祈り状態。 この仕事をしていると、本当に話が尽きません。
今まで12年間のスチュワーデス人生を、いろいろと振り返ってみました。
一番印象に残っているフライトは、第1話、第2話でお話ししたのですが、
他にも、いろんな事があった12年間でした.....
フライトでバンコクへ訪れた時の話しです.....
空港内を颯爽と闊歩するスチュワーデスの姿って、
凛々しくもスマートな感じがしますよね。
いつもそうでありたいと思い、願う私ですが、時として(?)
そうでない私があります.....
ステイ先のホテルから、空港までの送迎バスを降りる時です。
よく、口から産まれて来たと言われるお話し好きの私は、
友人との話しに夢中で、バスのステップを踏み外してしまい、
運転席の上にあったテレビのカドに、おもいっきり頭をぶつけてしまったのです。
一瞬、目の前に沢山の ★ が飛び散り、激しい痛みに目眩を覚えながら、
バスから降りました.....
バスから降り、自分の荷物を取ろうと身を屈めた瞬間、
ポトッポトッと赤いなにかが、アスファルトの上に
落ちて来るではありませんか.....
一瞬、何が起こっているのか分りませんでした。
「あっこォ〜! どうしたのォ〜!? 大丈夫?」
悲鳴にも似た叫び声を聞き、私の頭でスッゴイことが
起こっているのだと気づきました。
そう....私は、頭から血をダラダラとタレ流していたのです.....
応急手当のトレーニングで 「ヘッドインジャリー=ダイレクトプレッシャー」 と
習っているので、クルーの1人が、スグニ私の頭を強く押さえてくれました。
心配するクルーの前で 「大丈夫、大丈夫。」 と言ったものの、
あまりの出血にクラクラしていたのを覚えています。
バンコク、ドンムハン空港で、私は飛行機に向かうかわりに、
空港内にある診療所に運ばれて行ったのでした.....
何とも言えない暗〜く辛気臭〜い治療室。
私の頭を一目見て、英語もあやふやなお医者さんが、私に一言。
えェェェ!!! 縫うぅぅ〜!? ここでぇ〜? 勘弁してくれよォ〜〜〜っっ!!!
どう見ても、医療設備が整っているとは言えない、お世辞にも、
あまり衛生的とは言えないこの治療室で、縫うぅ〜?
しかも頭やでぇ〜! とは言いませんでしたが。
何か他の方法はないんですか?」
「イエス、イエス、それでなんとかして下さい。」
空港ではあまり見掛けない、頭を包帯でグルグル巻に
された
スチュワーデス.....
かなりの注目を浴びましたが、それほど痛みも無く、
傷も大したことが無かったので、遅れて飛行機に搭乗しました。
キャプテンとチーフパーサーからの指示で、私はお客として
香港まで搭乗することになりました。
がっ!! 機内は、ほぼ満席....クルーが1人足りないと、
他のクルーがてんてこ舞いになります.....
幸か不幸か、その日、私の担当は、トライスターのアンダーフロアギャレー。
お客様の目には写り難い所なので、コソコソと人目を避け、
張り切っていつもの乗務をして帰って来ましたッ!! チャンチャン♪
でも....こんなのって、私だけ!?
↑正解
(by 管理人)
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第31話
「夢の実現事件」
- 30 Aug.2001-
今回、このエッセイを書かして頂くにあたり、 そもそも、私がスチュワーデスになりたいと思ったのは、 今にして思えば、この挫折が、夢への本当のスタートラインだった様な気がします。 約1年間、販売員の仕事を続けましたが、 スチュワーデスになって、良かったと思うことは沢山あります。 スチュワーデスを目指す方に一言。 意見、感想、不平、不満、文句、なんでも結構です。
皆様こんにちは。
最終回となる今回は、私がスチュワーデスになるまでの、
長〜〜い道のりをお話させて頂きます。
小学生か中学生か高校生の時かは忘れましたが、
堀ちえみさん主演のドラマ、「スチュワーデス物語」を
見てからだったように思います。グズでノロマなカメの
スチュワーデスでも、カッコよく見えたのです.....
それ以来、私は、女優(?)でも歌手(?)でもモデル(?)でもなく、
スチュワーデスになるんだッ!! と、思ってしまったのです。
なんの根拠も無く、ただ漠然と自分はスチュワーデスになれるものと信じ、
スチュワーデスへの合格率が高いと言われていた短大へと進みました。
卒業と同時に、新卒採用で国内3社を受けました....が、見事に全滅。
今まで、自分の思いのままに人生が進んでいた私には、
信じ難い事実、人生最大のショックでした。
なんの疑いも無く、当たり前の如くスチュワーデスになれるという、
妄想にも似た思い込みが、音を立て脆くも崩れ落ちていったのです.....
しかし、私の妄想....スチュワーデスになりたいという夢は
消えることはありませんでした。
短大卒業後、化粧品会社の販売員として就職はしたものの、次のチャンスに備え、
仕事の合間に、スチュワーデスになるための勉強は続けることにしました。
毎日欠かさず、ラジオの英会話講座を聞き、中国語と韓国語の勉強も始めました。
筆記試験や面接で問われる、一般常識を身に付けるため、新聞や本を読む
ようにもなりました。今まで自分に足りなかった物を補い、自分を磨き、
自身を高めることに努めました。もちろん、外見も大切だと思いますが、
それ以上に、内面的に魅力ある女性を意識するようになりました。
エラソォーなこと書いていますが....
例えば、本当にささいで、当たり前の様なことです。
電車やバスで、お年寄りや体の不自由な方に、進んで席を譲るとか、
困っている人を見かけたら、声を掛けてあげるとか、
他人に対する優しさや思いやりの心を持つこと.....
人と人とが付き合う上で、基本中の基本とは思いますが、
こういったことが大切なんじゃないかと思います。
本腰を入れてスチュワーデスになるために退職しました。
姉に 「スチュワーデスなんかになれるわけないやん。」 と言われ続け、
不安になった日もありました.....
しかし、母だけは、私の夢を応援してくれていたように思います。
その後、子供に教える英会話講師のアルバイトをしながら、
週一回のスチュワーデス講座を半年間受けました。
もちろん、ここでの講義は有意義でしたが、それ以上に、
「スチュワーデスになりたいッ!!」 と、同じ夢を持つ友達が出来たことが、
私にとっては大変プラスになりました。お互いに励まし合いながら、
新たなやる気がフツフツと沸いてくるのでした。
そして、この講座を受講中に、今、私が勤める弊社の
スチュワーデス募集があり、とんとん拍子に話しが進んで行ったのです.....
今まで無我夢中で、子供の頃からの夢であった
スチュワーデスの仕事をしてきました。
なりたいと熱望してなったスチュワーデスの仕事も、
12年近くも働いていると、単調でウンザリすることが時々あります。
そんな時、このクルーネットの掲示板を見て、励まされることが沢山あります。
「スチュワーデスになりたいッ!!」 と言う熱い思いが伝わって来る、
スチュワーデスを目指す方々の書き込みは、すっかり忘れてしまった
私の心を、あの時の思い込みを取り戻してくれます。
バンクーバーで、美味しィーお寿司をお腹一杯食べた時.....
ローマで、両手一杯にお買い物した時.....
ヨハネスブルグで、真っ赤に染まる夕日を見た時.....
そして...お客様から 「ありがとう。」 と言われた時.....
ホンットォーに、スチュワーデスになって良かったと思います。
この仕事は、自分の天職だと思っています。
今度、生まれ変わっても、アナウンサー(?)ではなく、
絶対にスチュワーデスになりたいですッ!!
今の努力はいつか報われます。
自分を信じて、自分の納得の行くまで頑張って下さいッ!!
スチュワーデスという仕事は、とっても遣り甲斐のある仕事ですッ!!
素人の文章で、かなり読み難いところもあったかと思いますが、
今までお付き合い頂いてありがとうございました。
お時間がありましたら、メールを送って下さいッ!!
お待ちしてまぁーす。

( Photo by (c)Tomoyuki.U )
現在、某外資系航空会社にてスチュワード
をしておりますペンネーム現役外資系FAです。
私はこのコーナーで最初のエッセイ担当クルーを
務めさせて頂いたのですが、その際たくさんの方より
ご感想をメールにて送って頂きました。
お礼のご挨拶が大変遅くなってしまいましたが、
メールを送って頂きました皆様どうもありがとうございました。
本当に嬉しかったです。
そんなわけで、今回で2回目の担当ですが前回に引き続き
一生懸命に頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
第32話
「夏休みの家族旅」
- 6 Sep.2001-
先日、久々にホノルル線に乗務しました。 それにしても「夏休みに一家でハワイ旅行なんて、いいなあ。」とつぶやく私。 ....そんな若いご家族連れが多い中、60代、70代になる
ホノルル空港に到着して最初に感じた事は
「ここは日本では無いのに、こんなにたくさん日本人が来ているんだなあ。」
と思いました。とは言え私も同じ日本人なのでそんな事を言える
資格は無いのかも知れませんが....。
その状況は空港だけでなくホノルル市内も同様でワイキキ・ビーチや
周辺ホテル、ショッピングセンターから路線バスまで半分以上が日本人(?)
と思える程の人数。
ですが、冷静に考えると私がフライトした日は8月3日。
日本人にとっては夏休み期間中なので小中学生と一緒の
ご家族旅行者の方々が大変多く見受けられました。
私が子供だった頃に比べれば旅行代金も格段に安くなっているハズですが、
近年においては小中学生ばかりでなく保育園や幼稚園児、
更にそれ以下の年齢の子供達までもが若くして海外旅行へ
連れてってもらえる時代なんだと羨ましく思ってしまいました。
ちなみに私は姉が二人いる三人姉妹の末っ子ですが、
子供の頃夏休みに家族旅行に連れてってもらえたのは
私が小学一年生だった時に行った富士山の麓の河口湖への
2泊3日のドライブの一回だけです。
あれから24年の歳月が流れて行きましたが
当時の事は未だに鮮明に覚えています。
「やっぱり、あの時はとてもとても嬉しかったです。」
親達を同伴している人達を見つけた時、私はちょっぴり嬉しくなりました。
それは60代、70代と見えるおじいちゃん、おばあちゃん達の表情が
大変生き生きとしていて気持ちが良かったからです。
私の両親も63歳と58歳になりますが、いずれ元気なうちに一緒に
海外旅行へ行けたら良いなと思っています。
多分、本人達を前にしたら照れッ臭くて言えませんが
「24年前にステキな思い出をプレゼントしてくれた感謝を込めて。」
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第33話
「アニュアルリーブ」
- 13 Sep.2001-
アニュアルリーブとは、ご存知無い方に説明させて頂くと ですが、年間6週間の有給休暇と言うのは、先ず日本では さて、話が少し脱線してしまいましたが私の会社のクルー達が
「連続して取得出来る有給休暇の事」で私の会社では
年間6週間が支給されます。
恐らくこの日数は航空会社の中でも多い方だと思いますが
毎年私の会社のクルーは全員100%この休みを利用しています。
他の職業に比べてクルーの仕事は普段からお休みが多く、
少ない会社でも1ヶ月に10日、多い会社では17、18日ぐらい
お休みが支給されていますが、普段のお休みと言うのは、
長距離フライトや夜間フライト、時差や気温差等で疲れた体調を
整えるのにある程度必要な為、オフの日が多くても実際に自由になる
時間というのは一般企業の方々とそれ程変わらないと思います。
不可能なので本当に恵まれていると思っています。
私もかつては日本で旅行会社の営業マンとして3年程勤務していましたが、
早朝、深夜残業、休日出勤、持ちかえり残業等を繰り返す日々で、
自由になる時間と言うのはあまり作れなかったと思います。
結局そんな日々に嫌気がさしてその会社を退職しました。
あのまま日本で仕事を続けていたらまた違う人生を歩めた事でしょうが、
その後3年に及ぶイギリス留学とその後のFA受験の失敗を
繰り返して来た結果が今の恵まれた環境を導いてくれたのだと思っています。
何かとても偉そうな事を書いてしまいましたが、モチベーション(動機づけ)
がどうであれ、欲しい物は努力を重ねる事によってある程度まで
手に入れる事が出来るはずです。
“Try will be done.”(成せばなる。)
私の好きなフレーズです。
現在FA受験に向けて日々努力を重ねられておれれる皆様、
いつかその努力が報われる日が訪れるはずなので頑張って下さい。
このアニュアルリーブをどのように使用しているかと言うと、
まとめて6週間取る人もいますが大抵は3週間ずつに分けて取得しています。
家族やパートナーと一緒に旅行へ出掛けたり、趣味や習い事に没頭したり
というクルーが多いようです。私ももう直ぐ3週間のお休みに入りますが、
この休み中に妻と私の両方の実家を訪問したり,普段中々会えない
日本在住の友達に会ったりする予定です。
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第34話
「会社が違うと色々異なる」
- 13 Sep.2001-
私には同業他社の友人が何人かいるのですが、 先ず、私が驚いたのはデ・ブリーフィングの存在。 次に私の中での大きな発見はセニョリテー(入社順) まだまだ、職場の状況の違いはたくさんありますが ....何だかんだと色々と独断かつ偏見で書かせて頂きましたが、
時々会うとお互いの職場の話題になり、色々な発見があります。
この事自体はFAの仕事に限らず他の業種でも同様なのでしょうが、
今回は私が発見した主なものについて書いて見たいと思います。
これは通常フライト後にチーフの部屋等で1時間程度行われるもので、
反省会のような集まりですが日系やアジア系の会社では
多く行われているようです。
デ・ブリーフィング自体はプロとして仕事をしている以上
とても良い制度だと思いますが、私の会社のように多くの
外資系航空会社では全くその制度が無いので
実施されている会社のクルーは大変だなと思っています。
こんな事を書いてしまうと怒られてしまうかも知れませんが、
いくら会社からデ・ブリーフィングの時間分のお給料を
支給されているとはいえ、満席のフライトやロングフライト等で
疲れているのにフライトが終了してからも毎回同じような
反省会が待っているわけだし、更にジュニアのクルーが
食事先の手配をしたり先輩方のお部屋に確認の
電話を入れたりとしていたら本当に気が休める時間が
殆ど確保出来ないのでは?と思ってしまいます。
ちなみに私の会社では、ステイ先のホテルに到着すると
順番にチックインを済ませ、後は“See you later.”とか
“Have a nice rest.”とそれぞれ声を掛け合って流れ解散。
そこから先はあくまでプレイベートな時間なのでそれぞれ
好き勝手な時間を過ごしています。
もちろん、仲の良いクルー同志で一緒に食事に出掛け
たりもしますが、上司やキャプテンから食事に誘われても
気が向かなければ“No thank you.”の一言を言えば
別に人間関係を気にする必要もありません。
そう言う面では、ちょっぴりドライな感じもするかも知れません。
の重視の度合い。特にセニョリティーを重視している会社では
フライト中のポジション(ファースト、ビジネス、エコノミー等の
担当クラスやギャレー、キャビンのDuty)分けや、乗務路線、
お休みのリクエスト、その他セニョリティーが全てと
言いきれそうなくらい事ある毎にセニョリティーによって
優先順位が支配されてしまいます。
つまりジュニアのFAはジュニアで有るほど様々な面で
シニアFAより不利な状況でお仕事をする事になってしまいます。
幸か不幸か私の会社ではセニョリティーをそれ程重視していない為、
入社2年程の私でも10年、20年乗務去れておられる先輩方より
仕事上で不利になる事は有りません。
最後に乗務路線について書きます。
これは各社就航している都市や使用機材、
FAのベース地が異なるので、そう言う面から発生する
違いは当然有りますが、それは別として私のような
日本人乗務員の場合大きく分けると2つのパターンに
分かれると思います。
その二つと言うのは日本発着路線のみの乗務をする場合と
それ以外の全路線も含めて乗務する場合に分けられると思います。
FAの仕事の中で英語以外の言語をきちんと喋れる事は
とても貴重な技術なので外資系の場合、日本人FAは日本人
乗客のケアをする為、日本人が多く乗務する路線に
アサインされる事は別に何の不思議でもないのですが、
私の会社では日本人乗務員でも全路線に乗務します。
その為、日本人乗客ゼロのフライトに乗務する事もまれにあります。
全路線にフライト出来る事は世界中にステイする事が出来るので
旅行好きの私にとってはとてもありがたいです。
ですが、各路線毎に乗客層が大きく異なりそれに対しての
サービスのやり方も異なります。又、お客様が全く英語が
分からない場合等は結構苦労します。
結局私は今の職場が凄く気に入っているんだなあと思います。
もちろん私の会社にもたくさん改善して欲しい点や
他者のクルーが羨ましく思える事もたくさんあります。
ですが、「住めば都」という言葉があるように、
一度その会社に慣れ親しんでしまうと愛社精神と
言うものが芽生えてくるのでしょうね。
次回へつづく。。。。
(来週更新予定です)
第35話
「FA受験に思う事」
- 28 Sep.2001-
受験と名のつくものは、FA受験に限らず 私は本当に運が良くて現在希望の仕事に就けましたが、 FA受験を続けながら自分自身を成長させる事、 あとがき:
どんな受験でもそれなりに大変ですが、
FA受験のように、全く不定期に実施され、
予め合格者の数が決まっている、更に一度
募集が出ると常に数十倍から百倍以上にも上る
応募者が殺到する受験というのは、殆ど他に例が無い。
又、外資系航空会社の募集の際、
その多くの会社は一次試験から最終試験までの
実施期間がとても短く、会社を休んで受験をする
志願者にとってはお休みを取るのも一苦労。
その上、合格しても直ぐに入社する事が求めらる為、
現在就業している会社を退職するのに必要な準備期間や
仕事の引き継ぎ期間は必ずしも十分でない
ケースが多いようです。
そんな事は私に言われなくても皆さん、
十分にご理解されておられる事と存じますが、
FAになる為には、たくさん犠牲にしなければ
ならない事も十分に覚悟して下さい。
中途半端な気持ちで受験だけを続けていても
必ずしも良い結果は待っていません。
職場の事だけでも色々と苦労されると思いますが、
合格後の恋人との関係や家族とのコミュニケーションの
方法等はとても重要な問題だと思います。
普段から良く話し合っておかないと後で手痛い
しっぺ返しがあると思いますので
準備周到に行って下さい。
遠距離恋愛や日本にいる両親の事で苦労もしました。
未だ全てが解決したわけでは有りませんが、
今は何とか上手くやっています。
「人生一度きりだからこそ、自分の好きな事をまっとうしよう。」
そう私は思いながら頑張ってきましたが、年を重なる毎に
難しい問題がついて回ります。
「いつまでもあると思おうな親と金」と言う言葉がありますが、
親という存在は本当にかけがいのない存在です。
昨年、父親を無くされた日本人の先輩クルーに
しみじみ言われた言葉で「親孝行は出来る時に
やっておかないと後で本当に後悔するよ。」
と言われました。...
私は今まで本当に自由勝手に行動してきたので、
これまで両親にはたくさん苦労をかけてしまったと思っています。
今は自分自身の為、妻の為、そして両親の為にこの
クルーの仕事を一生懸命していますが、出来る限り早く
両親の近くにいてあげたいと考えています。
FAという希望の職業に就き充実した乗務生活を続けて行く事。
どちらも本当に素晴らしい事ですが、いずれも長く続けて
行くにはたくさんの方の協力が必要です。
皆様それぞれ現在置かれておられる状況は異なると思いますが
FA志願者の皆様、そして現役クルーの皆様も後で悔いの
残らぬような人生をまっとうして下さい。
今回で私の2度目の担当も終了です。
色々好き勝手に生意気な事も多々書かせて頂きましたが、
エッセイをお読み頂きました皆様本当にどうもありがとうございました。
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直接感想文を送って下さい。おまちしています。
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